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日本の守護神・聖徳太子

明治の巨匠

高村光雲作品




日本の独立を守る

「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す、つつがなきや」(日出處天子致書日没處天子無恙云云)

当時の大帝国・隋の皇帝は、聖徳太子が送った国書を見て激怒したといいます。日本を「日出ずる処」、中国を「日没する処」とし、世界の主と思いこんでいる隋皇帝に「天子と天子で五分だ」としたこの文は、日本は決して冊封体制には入らないという明確な意思表示でした。


聖徳太子を信仰する「太子信仰」は、伝記などによって形成され、各地に太子堂が作られました。特に建築関係の職人集団に篤く信仰されてきました。
日本が危機に瀕するいま、聖徳太子は日本全体の守護神として見直されるべきでしょう。



作者は日本近代彫刻の父

高村高雲(1852〜1952年)は明治を代表する彫刻家です。日本古来の木彫に西洋美術を取り入れ発展させた日本近代彫刻の父ともいうべき存在であり、東京美術学校(現・東京芸術大学)教授として後進の育成にも尽力しました。彫刻家高村光太郎および金工家人間国宝高村豊周の父であり、現在も活躍する写真家高村規の祖父でもあります。弟子には山崎朝雲、山木瑞雲、米原雲海らすぐれた彫刻家がいます。

光雲の作品は、まさに明治の躍動する魂そのものの力強さであり、また見る人を神秘の世界へ誘い込む、美の化身ともいうべき優しさが感じられます。

ここに高村家の御好意により、門外不出の名作の中から特によりすぐり、蔵出しをし、最高の鋳造技術をもって、その一刀一刀に及ぶ妙味を再現いたしました。作品の桐箱には高村光雲が使用していた落款を捺印させていただいております。


高村光雲略年譜

嘉永5年   東京にて出生 本名幸吉 旧姓中島
文久3年   仏師高村東雲に入門
明治7年   師に認められて高村光雲を名乗る
明治10年  第1回内国勧業博覧会 白衣観音で龍紋賞受賞
明治19年  東京彫工会設立
明治20年  皇居造営、葡萄に栗鼠制作
明治23年  東京美術学校教授、帝室技芸員拝命
明治30年  古社保存委員
明治40年  文展審査員
大正8年   帝国美術員会員
昭和4年   国宝保存会委員
昭和9年   83歳で逝去


高村光雲原型 聖徳太子

ブロンズ製・金箔
本体:8.8×7×19cm 台:13×11.3×55cm
桐箱入(高村光雲落款捺印)


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(参考:定価167,400円)



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高村光雲